前回までのあらすじ
旋律素材としてのハーモニックマイナースケールを検討してみました。
さて、旋律のみでマイナーキーを示すとすれば…が今回のミッションです。
次のメロディーを見てみましょう。
メロディーだけを聴いたら、多数決的にはCメジャーキーに聞こえると思います。しかし、もしコード進行がAマイナーキーならば、そのように聞こえるでしょう。
つまり、このメロディー単体ではAマイナーキーの要素は特にない、ということです。
ではこのメロディーはどうでしょうか。
今度はメロディーだけでも「ラ」が主音に聞こえます。「ラで始まってラで終わっているから」という理由が大きいのですが、それと共に属音である「ミ」の分量が増えていることも一助になっています。属音は主音をクローズアップする働きがあります。
次のメロディーです。
いよいよ真打ち登場、といったところです。
ラに向けての導音「ソ♯」が登場し、かなりの強制力を持って「ラが主音」「Aマイナーキー」という響きがします。
さらに長6度を加えてみましょう。
メロディックマイナー上行形「ファ♯→ソ♯→ラ」の動きが、より明確に「ラの主音としての立場」を表しています。
では長6度「ファ♯」を単体で使ってみましょう。
「ファ♯」の周辺に「ソ♯」がない場合には、これはマイナーキーというよりは「A ドリアンのモーダルメロディー」という解釈になります。
結果、旋律だけでマイナーキーを示すとすれば
・終止音が「ラ」。
・属音「ミ」が多め。
・「ラ」に向けての「ソ♯(属音)」。
・「ソ♯→ラ」の前フリとしての「ファ♯(メロディックマイナー上行形)」
というあたりがポイントになります。
しかし…
そもそもメロディーで「マイナー感」を示す必要があるのかどうか、を考えるべきかと。
メロディーの醍醐味は、コードに対しての立場(垂直音程)であったり、旋律の動き(水平音程)であったり、とりわけ非和声音のセンスはとても重要な要素です。
ジャズのアドリブフレーズにおいては「コード進行を示唆する旋律であるべき」という基本発想がありますが、通常のメロディーにおける背景には確実にコード進行が鳴っているので、それをまたあえてメロディーで説明する必要はありません。
それよりも上記の醍醐味(音程関係や非和声音)を優先させて、その上で結果的に「マイナー感が出ました」ならばオーケーですが、旋律でマイナー感を出すこと自体が必須事項ではない、と。
メロディーは「和声を説明しすぎない」ほうが良い場合が多々あります。特にノンダイアトニックな借用和音においてメロディーの円滑さを求める場合には、旋律には元の音階固有の音を使うほうが得策です。
次回は「マイナーキーの正体」の最終回です。
まとめます。